mozart in the jungle
アマゾン・プライムのオリジナルドラマ。実際に、ニューヨーク・フィルのオーボエ奏者であった人物Blair Tindallの回顧録をベースに脚本がつくられた、ニューヨークの交響楽団に携わる人々による群像コメディである。
主人公は、メキシコ出身の天才的で、破天荒な指揮者ロドリゴ。ニューヨーク交響楽団にスカウトされ、その指揮者として赴任するが、楽団はマンネリに陥り、個々の奏者はそれぞれの事情を抱えて、別々の方向を見ている。だから、演奏がなかなかまとまらない。そんななか、ロドリゴは楽団を立て直そうと、孤軍奮闘する。その手法は独創的だ。楽団員たちは、そんな型破りの方法に戸惑いながらも、しだいに彼に魅せらていく。しかし、そんな簡単に楽団は立ち直らない。ロドリゴは、楽団を見捨てて(楽団から逃げて?)、ヴェネツィアでオペラ歌手の再生に取り組んだりする(シーズン3)。
この物語のもうひとりの主人公は、若い女性オーボエ奏者のヘイリーだ(ロドリゴは彼女をハイライとしか発音できない)。ヘイリーはロドリゴに見いだされて彼のお付きととして行動をともにするが、この二人の関係が本当に微笑ましい。しだいに、ヘイリーはロドリゴにとって欠かせない存在らになる。
ふたりが恋人になり、仲睦まじい(この表現がピッタリ!)関係に築いていた頃のエピソード(シーズン4)は、ふたりの関係を見ているだけでも最高に幸せに気分になれる。こんな幸せな気分にされてくれるドラマには、そうそうお目にかかれない。
ある日、ロドリゴとヘイリーは、ヘイリーに故郷に行く。そこで、骨董品のお店に入ると、ロドリゴはバンジョー弾き始める。それはそれは見事な腕前。
ヘイリー「バンジョーはいつから?」
ロドリゴ「はじめてだ」
ヘイリー「あなたはエルフ?」
そして、こうしたドラマに欠かせない情熱が上手に描かれている。ぼくはロックが好きだが、クラシックも聴かなかきゃと思わされた。情熱を押し付けがましく描けないと、いいドラマにはならない。ロドリゴやヘイリーはもちろんのこと、一人ひとりの演奏者や楽団のマネージャーらの音楽にかける情熱が、ベタな感じではなく、きちんと伝わってくる。だから、場面場面で笑えるし泣ける。
ふと、ヘイリーは次のようにつぶやく。「オーボエは好きよ。音楽が好きすぎて、押しつぶされる」。ロドリゴは「ぼくも同じだ。窒息しそうだ。逃げ出したい気分だ」と答える。
シーズン4では、交響楽団が中南米諸国に演奏旅行に出かけるエピソードがあり、そこでロドリゴの生い立ちが紹介される。そのなかで、ロドリゴを恩師との再開が果たされる。その後、しばしば恩師の言葉が引用される。「恩師によく言われた。シンプルにだ、バカ。情熱と同じだ」
ロドリゴはとても社交的な人物だが、理想の音楽を追求するなかで孤独な側面も見せる。「ぼくはいつも生死を問わず誰かと仕事をしている。観客がいなければぼくは無だ」という彼の最高の話し相手となったのが、彼の目の前に現れるモーツァルトの幻だ。財務上の危機にさらされていた楽団の救世主として現れた日本人実業家に誘われ、ロドリゴは日本を訪れる。そこで、モーツァルトのレクイエムを指揮するようリクエストされる。しかし、そこにモーツァルトが現れ、レクイエムを演奏するなと助言する。それに従ってロドリゴは演奏を拒否し、日本人実業家の怒りを買うことになる。これは、ロドリゴの直観、あるいは心の声のようなものなのだろうが、ヘイリーとの関係が深まっていく中で、ロドリゴの前にモーツァルトが現れなくなる。
一方、ヘイリーは演奏家としての自分になかなか自信が持てない。そのなかでヘイリーは指揮者に興味持ち始め、ロドリゴからの自立を目指すようになる。ヘイリーが、ふたりの関係をロドリゴに問うたときのエピーソードを紹介しよう。
ロドリゴ「衛星みたいにお互いの周回軌道に乗ればいい」
ヘイリー「でも、あなたがスターだとしたら、私は宇宙ゴミの一つよ」
ロドリゴ「君は、いずれスターになる」
ヘイリーは、ロドリゴとは別の指揮者に師事して指揮のトレーニングを積んでいく。一方、モーツァルトの姿を見失ったロドリゴは現状打破を模索する。ロドリゴはしだいに楽団に対する関心を失い、楽団のモネージャーをやきもきさせていく。最後には、大切な公演でいきなりヘイリーに指揮を任せてしまい、楽団を解雇されてしまう。シーズンうの最終話に出てくるこのエピソードで、万人の涙腺は崩壊する。しかし、このとき、ロドリゴはモーツァルトの幻を再び見出す。「見えない観客を見つけた」と、踊りだす。
主演は、ガエル・ガルシア・ベルナル。アレハンドロ・イニャリトゥ監督の『アモーレス・ペロス』(2000年、メキシコ)で長編映画に初主演し、注目を浴びた。その後、同監督の『バベル』(2006年、アメリカ)にも出演している。また、『モーターサイクル・ダイアリーズ』で若き日のチェ・ゲバラを演じたが、彼自身チェ・ゲバラを敬愛しているという。
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